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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)741号 判決 1961年1月31日

富国信用組合

理由

被控訴人(鍵谷武雄)が昭和三〇年四月二〇日控訴人(富国信用組合)に対し、五〇万円を弁済期同年七月二〇日利息年四分一厘、一五〇万円を弁済期同年一〇月二〇日利息年五分一厘の約束で、無記名で定期預金をしたことは当事者間に争がない。

控訴人は、本件無記名定期預金は控訴人の株式会社松田文蔵商店に対する二〇〇万円の貸金債権の担保として質権が設定されておりすでに質権の実行により消滅していると主張するので考える。

証拠を綜合すると、次の事実を認めることができる。

控訴人は同会社に対し昭和二九年一一月二七日一〇〇万円、同月二九日一〇〇万円を貸与していたところ、昭和三〇年三月末頃同会社の代表者松田俊治から追加貸付の懇請を受けたが、同会社はこれに対し無担保で追加貸付をすることができるような信用状態ではなかつたので、控訴人はこれに応じなかつた。ところが同年四月二〇日午前松田俊治の友人である被控訴人は控訴人に対し「被控訴人から控訴人に二〇〇万円の定期預金をするから、これを担保として同会社に貸付をして貰いたい。しかし同会社にそのことを知らせると安心して返済を遅らせる心配があるから、同会社にはこのことを内密にして欲しい」旨申し入れたので、控訴人はこれを承諾した。

そこで被控訴人はその場で現金二〇〇万円を控訴人に交付し、前示のとおり無記名定期預金をすることを依頼し、これを控訴人の同会社に対する貸金債権の担保として差し入れることを承諾し、担保の形式は控訴人に一任する、届出印は持参しなかつたから後刻控訴人事務所に持参させるといつて帰つた。同日午後被控訴人の使者である女事務員が「田中」という印を持参したので、控訴人の方では、乙第九号証の一、二の印鑑用紙にこれを押し、乙第一〇号証の六、七の無記名定期預金証書を作成した。担保差入証書については、控訴人はそれまで第三者の無記名定期預金債権に質権を設定させた前例なく、他の金融機関と同様これに適合する形式の用紙の備付がなかつたので、便宜債務者が自己の控訴人に対する定期預金を控訴人に対する債務の担保として差し入れる場合に使用される乙第八号証の一、二の担保差入証書を使用し、同会社には担保目的物の内容を明示しないでこれに債務者として記名押印させ、質権設定者である被控訴人の交付した「田中」という印を押し、右無記名定期預金証書は被控訴人に交付せず控訴人がこれを保管することとし、その裏面受取欄に「田中」の印を押し、同女に右印を返還するとともに、乙第七号証の一、二の控のある担保品預証を交付した。

このようにして控訴人は被控訴人との間に右無記名定期預金に対し次の(1)から(3)まで等の約束により質権設定を約束させた。(1)同会社が引受、振出又は裏書をした手形により控訴人に対し現在負担し又は将来負担すべき債務の担保として差し入れること。(2)右債務不履行の場合は、定期預金の期日前でも、何等の通知を要せず右預金の元利金をもつて右債務の弁済に充当されても異議がないこと。(3)右定期預金は右債務のほか同会社が控訴人に対し現在負担し又は将来負担すべき一切の債務の共通担保とし、その債務不履行の場合は、前同様処置されても異議のないこと。

そこで控訴人は同会社に対し同年四月二〇日一〇〇万円、同月二二日一〇〇万円を毎月五〇万円ずつ分割弁済の約で貸し付け、すでに弁済期の到来している従来の貸付金二〇〇万円を更改し新規貸付とした。

(省略)

ところが、同会社は控訴人に対し同年五月一四日一五万円を支払つただけでその後支払うべき義務を弁済しないので、控訴人は同年九月二一日前示担保差入約定に従い、質権の実行として右定期預金を解約し、元金五〇万円、その利息七三三〇円、元金一五〇万円、その利息一万六一七〇円合計二〇二万三五〇〇円を、同会社の残元金債務三八五万円の内入弁済に充当し、右定期預金債権は消滅した。

(省略)

乙第八号証の一、二の担保差入証書は前示のように債務者が自己の定期預金を担保として差し入れる場合に使用される用紙を便宜流用したものであつて、質権設定者の欄に「田中」の印を押してあるほか、同会社の記名押印のあるのは形式の不備を免れないが、同会社の肩書に債務者の記載を落したものにすぎず、右無記名定期預金を同会社の預金として取り扱つたものと認めなければならないものではない。

定期預金債権に質権を設定させた場合、債権者がその預金証書の受取欄に予め押印させた上右預金証書を預つておくことは通常行なわれるところである。従つて被控訴人が昭和二九年一〇月二九日控訴人に対し一〇〇万円の無記名定期預金をした際は担保権を設定しなかつたので預金証書を控訴人から受け取つたにかかわらず、被控訴人が本件無記名定期預金をした際預金証書を受け取らなかつたのは、これに担保権を設定したことを示す一つの資料である。また乙第一〇号証の六、七の定期預金証書の裏面の受取欄の日付に昭和三〇年九月二一日の記載があるからといつて受取印が同日押されたものと認めなければならないものではない。前に担保権を設定しないで無記名定期預金をした際被控訴人の本名を表わす「鍵谷」の印を使用したからといつて、後に担保権を設定して無記名定期預金をした際同一の印を使用しなかつたのは被控訴人の意思に基かないものと断定することはできない。

以上説明したとおり、本件定期預金債権はすでに消滅しているから、被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものであつて、これと同旨でない原判決は取消。

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